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女の天皇

1 :べらんべー:2001/05/27(日) 07:45
女の天皇なんてちゃんちゃらおかしいわ
天皇は男にきまっとるやろ。女の場合、旦那はなんと呼ぶんだい。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 19:48
このまま男児が出産されないままなら、天皇制は廃止だね(藁)

3 :Am_Abend:2001/07/01(日) 20:09
>1.2
自作自演のオオバカモノどもへ。
無理が多いなー。創世の主が女性なんて日本くらいでっせ(笑)。
女帝でなにが悪い? 古代から幾例もある。
エンゲレスじゃ、レイディーズ・ミュージックちゅうのがあって、あたしゃ
好きこのんで聴いとるわい。ウィリアム・バード、ジョン・ダウランド、
などなど。

4 :Am_Abend:2001/07/01(日) 20:20
>創世の主が
これじゃ谷沢はんにかみつかれそう(藁)。イザナギ、イザナミだと。
創始者と言い換えるべきだったか(笑)。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 20:24
イギリスの元首は女性だったりします。(エリザベス女王)
日本の場合、明治時代に天皇は男性と決められました。
その理由は、天皇は軍のトップで、軍隊のトップは女性ではだめー、ということだったようです。
我が国の歴史上、明治時代以降の「天皇は男性」と言う方が異質だとおもいます。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 20:26
>5

異質じゃねーよバーカ。
過去の女帝の経緯くらいしっとけ。

7 :裕仁:2001/07/01(日) 20:35
あ、そう

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 20:38
歴史上の女帝は推古天皇から後桜町天皇まで8人、10代だが、このうち独身のまま皇位を継承されたのは孝謙以下4帝だけで、そのほかはいったん結婚されている。しかも大位に就いたのち皇太子を立て、時を待って譲位することを前提としている。天皇というよりは「摂位」に近い。
 独身で帝位に登られたのは元正帝、孝謙帝と続くが、元正天皇の時代には首(おびと)皇子があり、孝謙帝のときは皇太子に道祖(ふなど)王、大炊(おおい)王がおかれた。近世には父後水尾帝の譲位でわずか7歳で皇位を継いだ明正帝がおられるが、皇太子はなかった。これが唯一の例外で、後桜町帝は幼少の英仁(ひでひと)親王が成長するまでの皇位であった。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 20:43
1さんへ、
なぜ、女性じゃいけないの?

10 :Am_Abend:2001/07/01(日) 20:51
女帝でええやん(含み笑い)? ムチとローソク持って。違うか、方向が。 

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/01(日) 21:43
うえーん、女性も天皇にしてよー

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            Λ_Λ
          ( ´Д⊂ヽ
          ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/02(月) 14:57
age

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/02(月) 18:23
さーや、君ならきっと素敵な女王になれる。 ウソ

14 :クーゲルシュライバー@揚げ足取り:2001/07/02(月) 18:33
>>13さん
 「女王」で良ければ、既に宮家に何人もおわします(^-^;

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/02(月) 19:27
9です
誰か馬鹿な私に9の質問に答えてちょ
age

16 :クーゲルシュライバー@揚げ足取り:2001/07/02(月) 21:10
>>15さん
 これは、私が別スレで前述したことですが、今までの女帝と
いうのは、基本として「他に男系相続の可能性があってそれ
までのつなぎ」という側面があったのです。私は、中世までの
日本史しか知識がありませんので他はどうか存じませんが
はじめの女帝3方(推古、皇極(斉明)、持統)は皇后であり
自らも皇女で、自分の係累にあたる皇位継承権者が幼少、
もしくは即位に何らかの障害があったため、そのつなぎとして
即位された方、また元明天皇は皇后ではありませんでしたが
皇太妃(皇太子、この場合は早世した草壁親王の妃)であり、
また、文武天皇の母であったことから、文武天皇の子、首親王
(聖武天皇)までのつなぎとして即位されました。
 さて、元明天皇を境に女帝の資格が変わって参ります。相変
わらず男系相続を建前としながらも、それまでは「自らが皇女」で
「皇后の経験」があり、「皇位継承権者」は自分に近い係累で
ありましたが、元明天皇の皇女で、つぎに即位された元正天皇は
「皇后の経験」どころか、結婚すらしていない独身で有られました。
また、聖武天皇に御譲位あそばれた後も、独身を通されました。
さらに、孝謙(称徳)女帝は聖武天皇の皇女というだけの資格で
皇位を継承されました。この女帝は、弓削道鏡を重用した曰く付き
の女帝です(^-^; この女帝を最後に、江戸時代まで女帝は出現
しませんでした。

17 :クーゲルシュライバー@揚げ足取り:2001/07/02(月) 22:00
 従って、歴史上我が国では、即位された女帝の配偶者と
いうのは例としては、前の4例にあるとおり、33代推古天皇は
30代敏達天皇、35代皇極天皇は34代舒明天皇、41代
持統天皇は40代天武天皇、43代元明天皇は皇太子草壁親王
と言うように、天皇(皇太子)しかおらず、それ以降の女帝は
独身で通されたため、「配偶者の待遇」と言う点で前例が無い
訳でございます。この点、ヨーロッパ諸国の王侯家と異なり
「ドイツの公爵家」から婿を取るわけにも行かず、また、我が国に
は日本国の公民権がない皇族の他には憲法により貴族を禁止
されておるわけで、適切な婿とその待遇と言うことに関して国民
からコンセンサスを得るのが非常に大変かと考えます。

(日本語がオカシイ点はご容赦ください。

18 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/02(月) 22:38
 失礼いたしました、上記>>16及び>>17は揚げ足取りでは
ございません。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/03(火) 14:20
9,15を書いた者です。
「男系相続の可能性があってそれまでのつなぎ」で女性が天皇になれたということがわかりました。
また現在、法改正を行って、女性を天皇に出来るようにしても、婿様選びが大変なんですね。
私の疑問は女性が天皇になれるかどうか(法的ではなく歴史的に)ということなので、疑問が解決しました。

クーゲルシュライバーさん ありがとう

age

20 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/03(火) 14:46
>>19 = >>15 = >>9さん
 どういたしまして。
女帝ともなると、大変難しい選択を迫られることになりますから。
イギリスのように婿を迎えるとなると、国内、国外から然るべき
血筋を迎えなければならないでしょうから。現に英国のエディン
バラ公(女王の夫君)は記憶に拠ればドイツ公爵家の出自ですから。
 考えられる範囲で、我が国の皇族の血筋を受けている外国
王室(元を含む)は1つ・・・それは、この板の脳内サヨクを飼育して
いる方々が忌み嫌う半島の王室です。最後の李朝皇太子李垠殿下
(彼は日韓併合後、日本の陸軍士官として中将まで昇進した)には
香淳皇后の従姉妹に当たられる梨本宮方子女王が嫁がれており
確か男児がおられたはずです。(その後血統が続いているか否かは
存じませんが。)
 さもなくば、日本に存在した旧華族家から・・・例えば近衛、鷹司と
いった家から婿をとられることとなるでしょうが、この夫君の法的
地位を確立するために、皇室典範の大幅な見直しが必要になるで
しょう。
 今ひとつ、女帝が否定され、なおかつ皇室を存続させる場合はの
手段がないか? と問われれば、可能性が無いに近いながら、個人
的には思い当たる節がないわけではありません。それは、戦後に
主に経済的理由から臣籍に降られた(という表現は非常に民主的
では無いのですがw)宮家のうちの然るべき家の当主に親王宣下を
下すことです。(この場合も勿論皇室典範を変えなければなりません)
臣籍に下った皇族を親王の地位に戻し即位した例は、私が記憶する
限り源氏に降った「宇多天皇」あるのみと思われます。ただ、この例が
今回の例と大きく異なるのは、源氏に降ったのが「父親王が即位の
見込みナシ」と見なされていた点、また、親王宣下が父親王の即位
(光孝天皇)に伴うものであった点、ということです。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 02:34
えっと戦前にアフリカのどこかの王家に嫁がれた皇族がいたように記憶してるのですが

22 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 02:47
 アフリカで日本から嫁ぐに相応しい(といったら相手に失礼だが)格式の
王室があったとするなら、エチオピア、エジプトのいずれかでしょうか・・・。
(世界史は皆目知識がありませんので、戦前にこれらの国に王室があったか
否かは存じません)
 ちなみに、もう2件、嫁ぎ計画がポシャッタのがございまして、1つ目は
ハワイ王家への婿入り、2つ目は満州国皇弟愛新覚羅溥傑殿下への
嫁入りでございます。後者は、結局適当な該当者を皇室から選択できず
嵯峨伯爵家から浩嬢が嫁がれましたが、もし妃が皇室の出で有れば
現在の我が国においても有力な血統保持者と見なされたことでしょう。

 ちなみに、前述の李垠殿下に嫁がれた方子妃、また今回挙げた
溥傑殿下に嫁がれた浩妃は、お二方とも戦後の混乱と困難を乗り越え
添い遂げられました。また、お二方ともご夫君の故国に(はじめは拒否
されましたが)最終的に戻ることができました。方子妃に至っては政治的
配慮があったにせよ、その慈善活動が高く評価され「李王妃」としての
待遇で葬儀を営まれたほどです(その間の苦労が忍ばれますが)。
政略結婚だやれ何だと騒がれつつも、両家に嫁がれた日本人としては
苦労の耐えなかったことだと思いますし、しかし、愛故に添い遂げられた
という面もあるでしょう。それが不幸中の幸いなのかも知れません。
本旨から外れましたが、わたしが、この系統で持っている知識というのは
以上でございます。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/07/04(水) 02:55
婿を取るとしても男系先祖が天皇家に行き着かなければ不可。

24 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 02:57
>>23
 ですから、その方向性となりますと、戦後に臣籍に降った宮家の
親王宣下・・・というのが一番すっきりするのですよ。下手に婿とか
言うので有れば。

25 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 02:58
↑ただ、これは無茶を五百ぐらい承知で言ってるんですけどねw

26 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 02:59
↑↑また、これをやると第2、第3の熊沢天皇が名乗りを上げてくる
可能性も完全に否定できません。もちろん無視ですがw

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 03:22
その方向性となりますと、って言うけど、それ以外をやったら
天皇はもはや天皇ではなくなるよ。象徴天皇制といったって
現実的には精神的な意味合いも大きいのであって、男系相続という
極めて重要な伝統を無視すれば、天皇の無形の大事な部分が
根本的に破壊される。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 03:42
>男系相続という
>極めて重要な伝統を無視すれば、天皇の無形の大事な部分が
>根本的に破壊される。

歴史的に大事だっていつ決まったの?説明されたし。
それって明治神話でない??

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 03:50
大事じゃないなら、なぜ女系天皇が存在しないんだ?

30 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 08:54
>>27
・・・とすると格式から言って伏見宮あたりが妥当となるの?
17代が後桃園院の二の宮だし、11宮家の中では比較的
血筋が近いように感じるけど(きのせい?妄想?w)

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 10:52
東山天皇直系非元皇族の華園真聖って人の一家が血統的には
現在の天皇家に一番近い男系らしい。
旧宮家なら伏見系しかない。

32 :クーゲルシュライバー@不正プロクシ(泣):2001/07/04(水) 12:47
>>31さん
 ですね(^-^;
伏見宮の17代貞行親王は第116代桃園天皇の皇子で有らせられるも、
今上天皇の家系は第113代東山天皇の皇子閑院宮直仁親王の系統
ですから、御説の通りかと思います。ここは血統を選ぶか、臣籍に降った
時期、宮家の格式をえらぶか・・・いずれかでしょうね。
 まぁ、産まれてくる皇子が、男皇子ならなんの問題もないのですけど(^-^;

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 14:42
男の子が産まれてきますように♂

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/04(水) 15:55
そーですね。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/07/12(木) 13:58 ID:tUa5Y7Hw
ppp

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